神曲 地獄篇からダンテのすごさを実感
約半月をかけて(途中ちょっとさぼったw)地獄篇読み終わりました。
翻訳が読みやすかったことに救われました。
これが文語体だったら確実に挫折したことでしょう笑
解説を書かれている川本氏も、本書の平川氏の訳をべた褒めされています。
くわしい注釈を読んで歌が解ったと思うのは、自分でじかに歌に触れる手間をはぶいて、代わりに他人に歌を読んでもらい、その味わいを教えてもらうようなものではないか。だからくだくだ説明するのをやめて歌を自分でよく見る道を示さねばならない。そのためには、すぐ分かる言葉で「歌を訳す」以外に手はないというのである。
↑は紹介されていた、本居宣長の言葉です。
分かりやすい口語訳で読むのは決して後ろめたいことではなく、大事なのはそこから何を感じるのかということなのですね。
さて感想ですが、一番最後の三十四歌まで読んで本当によかったと思います。
というか"最後の三十四歌"で全体の印象がかなり変わりました。
三十四歌の内容はだいたいこんな感じです。
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ダンテとウェルギリスは地獄の底で悪魔大王と罪人を見る。
悪魔大王の体を伝って下へ下へと降りていき、地球の中心で体を180°回転させ南半球の外へと出て天上の星を仰ぐ。
・‥…━━━・‥…━━━・‥…━━━
これまでの暗い地獄の描写は面白いもののどこか遠い時代の物語を読んでいるような感覚でしたが、三十四歌では時間が一気に進み、「神曲」が目の前にぐっと近づいてきたような不思議な感覚に陥りました。
重力の表現や、北半球/南半休といった地球全体を使った話のスケールが、あまりに現代にも通じるような理論で描かれていたからです。
まるでSF映画さながらで衝撃でした。
またそうした地球全体を使ったスケールの大きさが、今までの"地獄"の全体像を生き生きと浮かび上がらせてくれました。
ボッティチェルリが、細部にこだわった「地獄の見取り図」を描いたのも肯けます。
今までダンテのことをずっと白々しいこと書くな…とあまり好きになれませんでしたがやっとここに来てただの作家ではないことが分かってきました。笑
何がすごいってダンテが神曲を書いたのは約1300年頃、
バスコ・ダ・ガマがインドに到達したのがざっくり200年後、
コペルニクスが地動説を唱えたのがざっくり250年後、
ニュートンが万有引力を発見したのがざっくり350年後、
この時代に「神曲」の世界観を構成できたダンテの自然科学への造詣の深さには驚きます。(全部ざっくり…)
またダンテの知識量は自然科学に留まらず、神学はもちろんギリシャ神話に至るまで作中に取り入れています。
ダンテがルネサンスの先駆者と言われてるのも納得です。
『神曲』の中には様々な書物からの引用がある。中でも聖書が最も多く、次にアリストテレスやウェルギリウスなどの哲学や倫理学、詩が多用されている。また、当時の自然科学における天文学、測量学などの知見を素材として論理的・立体的に構成されていることから、中世における百科全書的書物であるとも評価される。さらに聖書の伝説、ギリシャ神話やローマ神話の神々や怪物も多数登場し、古典文学の流れを引く幻想文学の代表作とも言えよう。
こうして地獄篇を読み直していくと、さらに深い気づきもありより楽しめるようになりました。
次は煉獄篇にいくよ~^^